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株なび通信vol.3

2010年3月15日発行号
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特集・インタビュー

特集
投資の醍醐味は、企業を育てること!

国内トップの野村證券、世界ナンバーワンの投資会社・フィデリティでのアナリスト経験を持つスケアクロウ投資経済研究所の山田清一氏に、株のサイクルの読み方、賢い株式投資をするための思考法、今後有望な業種予測について聞いた。
インタビュアー:杉本光生(インベスター・ネットワークス株式会社 代表取締役社長)

景気や株のサイクル


杉本
 スケアクロウ投資経済研究所という社名は非常にユニークですね。
山田
 スケアクロウとは、英語で「案山子(かかし)」のことです。私の名は山田で、童謡『山田のかかし』にちなんで子供の頃は、案山子と呼ばれていました。そこからの命名ですが、スケアクロウの語源はカラス(crow)を追い払うという意味です。そこで、英語のcrow(クロウ)を日本語の「苦労」にかけて、社名のスケアクロウには「苦労を追い払う」という解釈をつけました。すなわち「楽しく投資をしましょう」との思いを込めています。
杉本
 なるほど。では、ご活躍されていた80年代と今の投資環境の違い、ここ20年の株式市場の流れをどのように分析されているか、教えてください。
山田
 80年代の日本の株式は右肩上がりで、89年末日経平均は、3万8915円まで駆け上って行きました。それまでは、長期で保有し続けてさえいれば、保有する株式の価値が上がっていきました。当時の日本の製造業のPER(株価収益率)は平均でも60~80倍でした。私はその頃アメリカにいましたが、アメリカの企業の平均PERは15~20倍であったと記憶しています。一ケタPERの優良株も少なくありませんでした。だから、日本企業はとんでもないレベルにあったのだと思います。資産のバブルでしたし、不動産の高騰があの時代を象徴していたように思います。その含み益にも支えられた楽観的なムードの中で、証券会社は株を売りまくり、投資家も株を率先して買いました。ですので、利益から遊離した株価の水準になったと考えています。そのバブルがはじけて厳しい時期を経験するわけですが、90年代に入るとネット証券が出現し、信用取引が低予算で出来るようになり、手数料も大幅に安くなりました。最近では非常に短期的な投資になっているようです。どの銘柄を保有していいのかをじっくり考える時代から、買っても利益が出ればすぐに売ってしまうという時代になって行きました。ネット証券の出現は、投資家の国内での短期投資の傾向を促進しただけでなく、豊富な投資情報の提供を通して、外国、とりわけアジアへ投資家の目を向けることになり、更に株だけでなく外国為替へも投資対象を広げることに貢献したのではと思っています。まさにグローバルで多彩な投資の時代を迎えました。

スケアクロウ投資経済研究所 山田清一氏

杉本
 確かに短期投資は横行したものの、メディアなどの言動を見ていると、短期で利益を上げたのは一握りの人だけで、大半は損をしたということです。最近では、長期投資の見直し傾向が出てきていると多方面から耳にするのですが、いかがでしょうか?
山田
 この20数年間を見ると面白い特徴があります。ご承知のように株価は、景気の波と連動しています。1989年、日経平均株価が4万円近くの時に、アメリカのダウ平均株価は2000ドル台でした。しかし、十数年後には日本は7000円台、アメリカは1万4000ドルとまったく逆になりました。この逆転現象は、住宅などの建設投資による景気循環サイクルが影響していると私は見ています。日経平均株価が4万円近くの時、住宅着工件数は100万戸以上あったのですが、その後は落ち込んでいきました。一方、2000ドル台のダウ平均株価にあったアメリカでは60万~70万戸にすぎませんでした。その後アメリカは、サブライムローンの拡大にも押し上げられて、住宅着工件数が飛躍的に伸び、それにつれて株価も上昇しました。この20年の長さを持つ建設サイクルが教科書どおりなら、日本の株価は90年代の「失われた10年」に下落し、2000年からの10年の間には再び株価が上昇するはずだと考えていました。実際、金融システム不安のおさまった2005年頃には、名古屋近辺の土地が上がり出し、東京でも不動産が動きはじめていました。ところが、建築の耐震構造問題が起き、国土交通省の規制が強化されて住宅が建ちにくくなった上に、リーマンショックが追い打ちをかけ、株価の上昇カーブも見えなくなってしまったのです。

日本は、まだまだ元気になれる!

杉本
 その20年サイクルの話は大変面白いのですが、日本の市場はいつ、上昇局面に向かうのでしょうか?
山田
 実は、さまざまな問題で消えてしまったように見える建設サイクルが、遠くない将来に復活してくると見ています。それだけではありません。景気には20年サイクルの他に、コンドラチェフというロシアの経済学者の名前がついた60年という長期にわたる景気サイクルで見る方法があります。上昇期30年、下降期30年という見方です。たとえば、江戸の末期から明治の1885年までは下落局面、そこから30年間の上昇期が始まります。この間、日清戦争や日露戦争がありました。司馬遼太郎の「坂の上の雲」の時代です。次の上昇期は第二次世界大戦敗戦後がスタートでした。この間、朝鮮動乱の特需があり、三種の神器に象徴される活気にあふれた経済の躍進でGNPが世界第2位になりました。「ALWAYS 三丁目の夕日」の時代です。このサイクルでいくと、2005年から35年までの30年間は長い目で見ると上昇期になります。
杉本
 サイクル的にはそうですが、それはあくまで人口増加が著しかった時代の話で、現在のような少子高齢化の時代には当てはまらないのではないでしょうか?
山田
 確かに人口は重要な問題です。ただ「高齢化」という社会現象には、私なりの反論があります。解り易いように、人の一生を5つのステージに分けてみます。最初の「揺藍期」は赤ちゃんや子供の時期、両親の庇護の元に生きるステージです。次の「形成期」になると、自分で人生を考えて方向を決めるようになり、第三ステージの「貢献期」では、仕事にも慣れてリーダーとして会社などの組織に貢献します。そして、第四ステージが「挑戦期」。人生において最後から2つ目のこの時期が非常に重要なのです。この時期が第二の人生を考え始める頃です。マネジメントの一員として一段階上の仕事をする、自分自身の会社を設立する、社会福祉など生きがいのある新しい仕事を始める、などなど、人それぞれ自分の生き方を見直します。これを日本人の現代の平均寿命80歳を基準に算出すると、49歳から64歳が「挑戦期」ということになります。大河ドラマでお馴染みの坂本龍馬が、亀山社中という商社をつくったのが31歳。非常に若いと思いますが、当時の平均寿命は40歳を多少上回る程度でした。それを基準にすると「挑戦期」は25~32歳ということになります。つまり龍馬の時代の31歳という年齢は、現代の62~64歳程度に当たると見ることができるのです。だから、60代の「挑戦期」にある労働力をもっと活用すれば、活力のある日本になれるはずです。

坂本竜龍馬は若かったか?

杉本
 新聞に、10社に一社が過去最高益を上げているという記事が出ていたのですが、2010年以降、この不況の中で日本を牽引する有望な業種は何とお考えですか?
山田
 20世紀を象徴した石油エネルギーの時代から21世紀を担う電力エネルギーへの転換期ですから、太陽光や風力、原子力関連は有望でしょう。また、電気自動車の普及に伴い、コンビニエンスストアに充電器が設けられるというように社会のインフラが大きく変化することが期待されています。エネルギーの転換を軸とした経済社会の変化を見ればおのずと有望なものが見えてくると思います。日本のインフラ整備の技術力は高いので、国内における需要だけでなく、海外マーケット、特に中国やインド、インドネシアやベトナムなどの市場で日本企業が活躍できる可能性は、非常に高いと思います。たまたま私はアメリカに居ましたが、向こうから見た日本は、アジアの一部としての日本なのです。アジアの成長を享受する点で、日本は欧米に比べて遥かに有利だと思います。

杉本
 最後に、個人投資家へ向けて、株式投資する際のアドバイスをいただきたいのですが。
山田
 株価は景気の波に左右されますが、中でも3.5年サイクルの在庫循環という景気のサイクルの影響が大きいので、その動きをつかむ指標である「在庫循環モメンタム」を参考にするのも手です。この指標を使っていると、コンセンサスとはかなり異なる株価の動きが見えてきます。大事なのは、マスコミ情報に踊らされず、自分で指標を使いこなし、自分の頭で考えることです。自分の読みとマスコミ情報が乖離していたら、「待てよ、本当にそうなのかな?」と立ち止まって熟考してみることです。そういう努力をすれば、十分に大きなリターンが得られる機会があります。個人的見解としては、日経平均株価が2万円程までは上がってもおかしくはないと考えています。また、心にとめてほしいことがあります。超長期サイクルの上昇期ということもあるのですが、長期投資が報われる時代に入ったということです。日本の投資の悪い点は、新規に上場した銘柄の場合、IPO時がピークだという概念があり、上場後の株価は急降下するといったイメージが出来上がってしまっていることです。そのような傾向は新興企業の健全な生育を阻害しています。一方、アメリカでは新規公開時のお祭り騒ぎを目にすることは稀です。投資家は冷静で、その企業のビジネスを理解し共感できるならば、その株を買って成長を応援するというスタンスが確立しているように思います。IPO直後にさっさと資金を引き揚げてしまうのではなく、有望な企業に長い目でお金を投資するという流れになってほしいものです。そのようにして企業を育てあげることが、「投資の醍醐味である」ことをぜひ知ってほしいと思います。

スケアクロウ投資経済研究所 山田清一氏 スケアクロウ投資経済研究所
代表
山田 清一
スケアクロウ投資経済研究所 山田清一氏プロフィール
早稲田大学政治経済学部を卒業後、第一勧業銀行( 現みずほ銀行)に入行。9 年間の銀行員生活、途中2 年半ドイツ留学( ミュンヘン大学)を経て野村総合研究所に転職。以後27 年間アナリスト、ストラテジストとして活動。野村證券、イートン・バンス( ボストン)、フィデリティー・ジャパン(調査部長)、ジャーディン・フレミング、UBS, モルガンスタンレー、JP モルガンなどでキャリアを積み重ねる。現在は、スケアクロウ投資経済研究所というブログを運営するかたわら、大学講師、個人投資活動を楽しむ。
著書:「不況でも上がる株がみつかる( 共著)」(フォレスト出版 2001)