
杉本
日本企業のIR戦略を振り返ってみて、大きな影響を与えたものとしては何を挙げられますか?
米谷
IR戦略だけでなく日本経済についても言えることですが、1995年の超円高と金融ビッグバンは大きなインパクトだったと思います。1985年のプラザ合意から円高基調にはなりましたが、1ドルが80円を割る超円高は企業の業績に大きな影響を与えました。それでもしのげたのは、バブル経済の影響で持ち合い株の含み資産が膨らんでいたことがあります。しかし、1990年代後半から2000年にかけての金融ビッグバンで金融商品の時価会計制度が導入され、所有株も時価で評価するようになりました。所有株の時価変動が銀行や企業の経営に大きな影響を与えることから、金融機関や企業が持ち合いを解消し、株式の流動化が急速に進展することになりました。私共企業側から見れば、こうして放出される自社の株式を、いかにして別の投資家の皆様に買っていただくかが大きな課題となっていきましたし、同時に将来性があり魅力ある企業に変革していく必要があったわけです。これが多くの企業IRの原点ではないかと思います。まさに自社株のセールスマンです。当時、私もそのために世界を飛び回るんだという強い覚悟で居りました。
世界中のライバル会社と競い合う時代
杉本
それとともに経済のグローバル化も進展しました。
米谷
グローバリゼーションもIR戦略にとって大きなインパクトとなっています。1989年にベルリンの壁が崩壊して共産主義社会が資本主義経済に組み入れられ、2001年には中国がWTOに加盟しました。特に、中国のWTO加盟はグローバリゼーションの動きを加速化しました。すると、日本のIR戦略も大きく変化してきました。それまでは、自社株を買っていただくとしてもほとんどのお客さまは日本国内で、しかもメインバンク制もありましたから、ファイナンスもそれほど戦略的ではありませんでした。しかし、グローバリゼーションが進むと、世界中の投資家に自社株を選んでいただくという発想が出てきました。国内のライバル会社と競い合うだけでなく、世界中のライバル会社と競争することが、必要になってきたのです。顧客の皆様だけでなく、資本市場でも選ばれる企業にならなくてはいけないというのが、商船三井のIRの原点でしたが、これは先進的に海外IRに取り組んでいた多くの企業について言えることだと思います。
国を挙げて市場の活性化を考えることが必要
杉本
そういう時代を経て、日本は本当の意味で市場原理の働くマーケットに変わってきていると思います。日本の技術力などの本来の力とPERの比較評価などから、最近の日本株はちょっと安すぎるのではないかという声もあります。
米谷
現在の株価は過小評価されていると思いますが、バブル期の株価も異常だったと思いますね。ただ、バブル期にあれほど株価が高騰したのは、日本の将来に対する期待が内外の投資家にあったということです。私たちは海外で、かつては日本株担当のファンドマネージャーやアナリストなどを対象にIR活動を行なってきましたが、最近は日本株担当が少なくなり、アジア株あるいはグローバル企業株担当へのIRになっています。今や、日本株を単独で運用するファンドそのものが少なくなり、将来に対する期待や現状へのバッシングではなく、パッシングなのです。それだけ日本の置かれている現状はシリアスだということです。では、なぜ放置されるのか。日本はデフレの国であり、モノの価値が下がる国だからです。一方で、隣国の中国はGDPが8%も伸びている。買うとしたら間違いなく中国の株を買うでしょう。だから、日本株が過小評価されているとは言えますが、それは合理的な判断によるものです。重要なのは、このことをどう考えるかです。日本市場の活性化をどうするか、金融市場をどうするかを、産業界と政府が早く一体化して考えなければならないと思います。
日本経済のすそ野を拡大することが市場の活性化につながる
杉本
国を挙げての産業化という面では、日本の株価を底上げするような施策も求められていますね。
米谷
マーケットの活性化は、非常に重要なことだと思います。数年前ですと、上場を計画している企業がたくさんありましたが、2009年は20社程度しか上場していません。ということは、それだけ日本経済のすそ野が狭くなっているということです。日本には、自動車メーカーの業績が伸びれば、それに関連し部品を納めている中小企業の業績も伸びるとい構造があります。ところが、トップラインが停滞すると、やはり中小企業も停滞してしまう。今の日本経済は、そうしたどん詰まりのような閉塞状態にあると言えます。
投資の目的はIPOではなく、その企業を育てること
杉本
米国ではマイクロソフトやアップル、グーグルといったIT関連企業が90年代の米国産業の活性化を牽引してきました。その違いをどのようにお考えですか。
米谷
IT産業というと最新型の事業モデルばかり想定しがちですが、実は従来型の産業と融合することで新しい産業を創出できるという点も大きいと思います。当社は、コンテナに製品を詰めて世界中の工場に運ぶコンテナビジネスを展開していますが、それらはすべてITで管理しており、在庫管理までできています。このようにIT産業と融合することで一つの産業が活性するのです。これはとてもすばらしいことだと思います。その意味でも日本のIT産業を育てることは重要ですし、そのためには上場させるだけでなく、上場後もしっかりサポートすることが求められます。今回の大阪証券取引所とジャスダックの統合は、国内の新興市場の活性化に貢献してくれるものと期待しています。

株主の皆様と一緒に成長する「進化したIR」
杉本
これからの日本のIR戦略の方向性について、どうお考えですか。
米谷
私たち企業は、個人投資家や外国人株主、機関投資家の区別なく、投資情報は公平かつ同時に発表しています。まず、このことを堅持することが必要です。それとともに、株主の皆様と一緒に成長するといった「進化したIR」を目指すべきでしょう。企業は株主の皆様に事業戦略をきちんと説明する。株主の皆様は事業戦略を理解して投資し、企業は株主の皆様に利益を還元する。つまり、企業と株主の皆様が連帯感を持って国際市場の中でお互いに勝ち抜いていく、一緒に経営を進める。そうしたIRの時代を迎えていると思います。
インターネットを活用した双方向のコミュニケーション
杉本
それはIRの原点回帰ですね。
米谷
そうです。しかし、昔と決定的に違うのはインターネットです。これをツールとして利用すれば、効率的に株主の皆様と双方向のコミュニケーションができるし、公平かつ同時に投資情報を提供できる。そういう時代を迎えたからこそ、「一緒に連帯感を持って国際戦略を勝ち抜きましょう」と投資家の皆様に呼びかけることができますし、投資家の皆様も投資の原点を堅持しながら、自分たちも外航海運業を支え、世界最大の海運会社に投資していると思っていただく。そうなれば、企業も投資家の皆様もお互いにハッピーですね。
世界で戦っている企業をぜひとも応援してほしい
杉本
最後になりますが、個人投資家へメッセージをお願いします。
米谷
大企業であれ中小企業であれ、日本には世界で戦える魅力的な企業がたくさんあります。手前味噌になりますが、私たち商船三井は世界最大の外航海運業であり、成長著しい中国の鉄鋼メーカーと長期の契約も締結しています。このように世界で戦っている日本企業を丹念に選んで、ぜひとも応援していただきたいと思います。
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